ポケモンGOをプレイ中に盗撮と間違えられて銃撃される、という事件がありました。
「ポケモンGO」ゲーム中 銃撃され2人死傷 中米 | NHKニュース
これを見て、
ポケモンのせいじゃないけど、盗撮と紛らわしいというのは結構深刻な気がする。銃撃はないまでも日本でも十分トラブル誘発しうるし。外から何やってるか分かる感みたいのがあったらなぁ。
というコメントを書いたのですが、この問題は結構根深いような気がしてきました。
このことは「電車内などで大声で携帯電話で話すのはよろしくない」問題とも少し関係しているように思います。
携帯で話しているのがなぜ不快なのか、という問いについては色んなところから色んな答えが示されていて、もう何周もしたような話題なので、今更もっともらしい分析を述べるつもりもありませんが、「なんだかよくわからない感」「こっち側が置いてけぼりにされてる、無視されてる感」みたいのが一要素としてはあるのでしょう。
当たり前ですが「別に携帯で話していても気にならないよ」という人も沢山いらっしゃいますし、さらにまた、何らかの不快感を他人に与えていようが「知った事か、直接危害を加えているわけじゃあるまいし」という声もあるでしょう。その辺は了解した上で、仮にも近い空間に居合わせてしまった者がこちらを無視する行いをしている、ということには、淡い不快感を惹起する何かはあります。
加えて、携帯電話の場合は「声」、そしてポケモンの場合はカメラ、つまり「視線」というものがります。
携帯電話でその場にいない誰かと話している様を、統合失調症における幻聴との会話と類比した論がありましたが、これらは容易に対象aを想起させます。わたしたちは、聞こえないはずの声であるとか、見えないはずの眼差しといったものに、妙な敏感さをもっているのです。
別段ポケモンでなくても、カメラというものは悪意を呼びこむもので、盗撮のような目的がなかったとしても、レンズがこちらに向けられることを忌避する人たちは沢山います。ただの監視カメラが置いてあるだけでも、なんとなくいい気分はしないものです。
そういったものは、牛が赤い色を見てエキサイトしてしまうのと一緒で、ほとんど生理的な反応を呼び起こすものなので、「別段悪意はないです」とか「違法ではありません」と真っ当なことを言ったところで解決にはならないのです。
ですから、何らかの形で「わたしは神の声を聞いているのではありません」という、生理に訴えかけられるアピールがあると、本当は一番丸く収まるはずです。
そうはいっても、具体的にどうするという案もなく、せいぜいポケモンGOで遊ぶときには特定個人を狙っていないアピールの動作を多めに入れておくくらいしかないのですが、今からすごくイヤな予感がします。
銃撃こそないでしょうが、日本でも数々のトラブルを引き起こすことは容易に想像できます。
この辺、目で見て何をやっているかわかり、まなざしを仲裁するような工夫というのを、ゲームと同時に考えて頂けると大変ありがたいのですが、頭の良い人、何か面白い方法はないものですかねぇ。