『あさひなぐ』と少年漫画にはいない天然腹黒

 Twitterで少し書いていたのですが、最近『あさひなぐ』というマンガにハマりました。

B019ESDC4Eあさひなぐ コミック 1-17巻セット (ビッグコミックス)
こざき 亜衣
小学館 2015-11-30

 スピリッツに連載されている薙刀マンガなのですが、マンガワンというアプリで読めるようになっていて、一気に現在までのところを読破してしまいました。初めてこのアプリで課金チケットを購入しました。読み直したいので単行本も買うつもりです。
 高校の薙刀部を舞台とした青春スポ根群像劇なのですが、とにかくキャラがよくできてます。
 モブに見えるようなキャラまでちゃんと掘り下げられる機会があり、それがわざとらしくないのです。キャラ自体の深みというか、そこにもっていくまでの展開や、キャラ同士の絡みに説得力があるのです。いや、もちろんマンガの話なので、冷静に考えれば現実ではあり得ないことなんて沢山あるわけですが、読んでいてスッと入ってくるのです。
 主人公の東島旭は、チビでメガネで元美術部の冴えない女の子、という、少女漫画でありがちなキャラで、最初は「そんなヤツが高校で武道はじめて強くなるわけないやろ!」と思っていたのですが、徐々に強くなっていく過程にちゃんと納得させられます。というか、強くはなるものの、無双というようなめちゃくちゃな強さではなく、「ギリあり得なくもない」程度の強さなのが実にイイのです。
 そして旭と一緒に入部したのが剣道経験者で男勝りでちょっとヤンキーっぽい八十村将子と、バレー部出身で背が高くて天然腹黒お嬢様の紺野さくら。ベジータ好きのわたしとしては、この八十村がとにかくめちゃくちゃ好きです。女子校にいたら後輩からラブレターもらいそうな、侠気あふれるカッコいいキャラで、たまらんのです。
 対照的に、紺野さくらは実にウザいヤツで、読んでいて「いるよな!こういう天然のじわじわと性格悪いやつ!」と腹が立って仕方ないのですが、どこか憎めないところがあります。劇中でも腹黒っぷりを指摘されながら、それなりにワキャワキャ暮らしていて、別段悪役という訳ではありません。
 非常に感心したのが、物語もかなり最近に近づいたところで、旭らの先輩であり部長の野上えりと、紺野さくらが絡むシーン。ネタバレすぎるのでちょっとぼかして書きますが、野上えりがボロボロになったところで、(彼女と同期で仲が良い)大倉文乃ではなく、一番来て欲しくないタイプの紺野さくらがフォローにやってくる場面があるのです。紺野さくらは見ていてイラッとくるタイプだし、野上えりはいい人だけど取り立ててグッとくるところのないキャラなのですが、この場面でさくらがとても良い人というか、「ここでこそ紺野が生きる!」という、実に納得できる展開になるのです。
 ここを読んでいて、自分が紺野をイイヤツのように感じているのに、ちょっと驚いたのです。なんというか、現実に紺野みたいな人物がいても「なるほど、こういう面から見れば、こういう人にも世の中に存在するだけの意味があるんだ、適材適所なんだ」と納得できるような、そういう視点の転換みたいなものが経験できたのです。
 マンガでこんな勉強ができるというのは、ありがたいことだと思いました。

 キャラの掘り下げということでは、國陵の三須英子の回がやって来るとも思いませんでした。というか、ほとんど三須というキャラを認識すらしていなかったのですが、そんなモブが掘り下げられ、しかもその内容とてもイイのです。
 普通に生きている人のほとんどは、わたしも含めて「モブ」です。この漫画で言えば、宮路真春のようなヒーローではないし、一堂寧々のようなぶっ飛んだ性格でもありません。そんなモブにもひとりひとり人生があり、中途半端なモブなりの意地とプライドがあり、小さな不幸と幸せ、小さな敗北と勝利があるのです。そういう面がちゃんと描かれるのに勇気づけられます。
 また、物語開始当初から面白キャラとして振舞っているデブキャラの大倉文乃の掘り下げも、とても良かったです。ムードメーカーで絵に描いたようなイイヤツの大倉にも、ちゃんと悩みがあり、乗り越えなければならないものがある。その内面が描かれた上で、ストーリーとつながってくる。そういう描写が見事です。
 東島らの後輩で薙刀経験者エリート組である愛知薙のエピソードも、なかなか良かったです。彼女は割りとマンガ的なこじれたキャラとして登場したので、最初は「少女漫画臭いキャラだなぁ」くらいに思っていたのですが、彼女がとうとうチームと揃いの胴をつけるに至る下りは、結構グッとくるものがありました。

 この漫画の作家さんは女性だと思うのですが(最近は性別に意外性のある作家さんが増えていますが、さすがに実はこれで男性だったらのけぞります)、スピリッツに連載されているだけあって、絵柄的には男性でも女性でも素直に読めるタイプです。非常に絵の上手い方だと思うのですが、クセが前面に出なくて、女性作家の絵柄に抵抗のある男性読者でも、特に違和感なく接することができるのではないかと思います。
 そしてストーリーも王道スポ根を外さないので、ほとんどのキャラが女性であるにもかかわらず、どこか昭和少年漫画にも通じる安心して読める空気があります。大抵のキャラは、たとえば(主に)男性向けのスポーツ漫画であったとしても、それなりに似たポジションのキャラが想像できるところがあります。
 そこでふと気付いたのですが、紺野のようなタイプのキャラだけは、男性作家の描く主に男性を読者とするマンガではほとんど見ることがないのではないでしょうか。
 東島も八十村も、ある種マンガ的で、男性ワールドでもキャラ的には成り立ちます。「ドジで鈍いけど頑張り屋さん」「ツッパってるけどほんとはイイヤツ」なんて、少年漫画でも普通です。宮路のような「天才肌マイペース」、大倉のような「デブのムードメーカー」、一堂のような「固く心を閉ざした孤高の努力家」も、性差を問わずキャラ的にはあり得ます。
 でも紺野のような「可愛いけれど天然腹黒、でも憎めない」というキャラは、男性作家の描く主に男性を読者とするマンガではまず見られないです。男性でこういうタイプの性格の人があまりいない、もしくはキャラ的に典型化されていない、というのもあるでしょうし、男性から見た女性の中で、こういう性格が前景化される機会が少ない、というのもあるでしょう。多分、現実に紺野のような人物がいたら、女性の中では「アイツ性格悪いな」となるでしょうし、女子の天然嫌いは結構普遍的なのでそれなりに嫌われるでしょうが(でも人によっては憎まれ切らない)、男性からはそういう面があまり見えない、というのはあるかと思います。男性から見たら、紺野は「絡みにくいお金持ち美人」くらいで収まってしまうのではないでしょうか。
 あまり性差を感じさせない作品だけに、この微妙な差異を面白く感じました。

 逆に、少女漫画系の男性キャラは、少年漫画系の女性キャラと同じく、うそ臭くて薄っぺらいことが多々あるわけですが、この漫画の男性キャラは、そこまで嫌味な感じはないかと思います。小林先生の薄っぺらさは実にマンガ的ですが、まぁ許容範囲内でしょう(小林先生が掘り下げられる機会があったらこの作家は超人です。挑戦して頂きたい!)。
 数少ない絡みの多い男性キャラである夏之も、男子高校生にしては純朴すぎるものの、姉に対するコンプレクスも含めて、それなりな厚さがあります。
 とても良かったのが、この夏之と、名前を忘れてしまったのですが、先輩の男子薙刀選手の絡みです。この希少な男子薙刀選手は、王子様みたいなキラキラしたキャラとして登場していて、いかにもマンガ的な演出だったのですが、夏之と絡む時はちゃんと男の世界になるのです。女子に対する時の薄っぺらいキャラとは対照的に、実にカッコいい流れになっていて感心しました。
 一方で、夏之の友達でモブの森拓馬などは、まるっきり少女マンガ的なキャラで、流石にペラいところがあります。

 なんというか、この作家さんはよく人間を見ているなぁ、と感心させられるのです。
 いや、女性作家系の作品では、これくらい人間関係の機微が描かれているものは沢山あるわけですが、男性読者も十分に惹きつける王道スポ根展開でありながら、同時に細かい人間関係がキッチリ描かれている、という、両立具合が稀有なのでしょう。
 この作品は必ずアニメ化もされるでしょうし、幅広くファンを持つ国民的作品になってもおかしくないように思います。
 それにしても、この作家さんは薙刀経験者なのでしょうか。そうでないとしたら、すさまじい取材力です。
 武器は未経験ですが、一応武術・格闘技を長いことやっている人間として、「身体が正面を向いて手打ちになってる」感、そうなってしまいがちな局面とか、「あぁ、あるなぁ・・危ないなぁ・・」としみじみ感じてしまいます。ほんとにねぇ、長い武器というのは身体操作を練る上でとても良いんですよね。自分はダメですが、長ものを扱える身体操作ができれば、他でもすごく役に立つ筈なんです。それがないと、体格差を埋めるのは果てしなく困難になりますし。
 薙刀業界は全面的にこの作品をバックアップし、日本の女子武道を盛り上げるためにも頑張って頂きたいです。