『身近な鳥の生活図鑑』三上修

 ゆるーい野鳥好きとして、鳥関係の本はチラホラ読んでいるのだけれど、その中でも最高にツボな本を見つけた。

4480068597身近な鳥の生活図鑑 (ちくま新書)
三上 修
筑摩書房 2015-12-07

 三上修さんの『身近な鳥の生活図鑑』。
 図鑑といっても網羅的なものでは全然なく、野鳥ファンをうならせるものでも全然ない。タイトル通り、身近な野鳥に限ったもので、それも超ド級にありふれていて、鳥にまったく興味がない人でも「最低これだけは知っている」三種、「スズメ・ハト・カラス」にほとんどの紙数を割いている。
 こうした都市鳥をテーマにした一般書籍というのは他にもあるし、その分野では第一人者の唐沢孝一さんの本などもすごく面白いのだけれど、個人的な趣味としては、この三上修さんの本が更に素晴らしかった。
 わたしは野鳥が好きではあるけれど、せいぜい「普通の人よりは少しだけ知っている」程度のもので、野鳥好きの中では最底辺にも満たないレベルだ。バードウォッチャーなどを名乗れる水準ではないし、名乗る気もない。珍しい鳥を追い求めて山奥に分け入ることもない。どうせ旅行に行くなら探鳥地に、くらいのもので、後はせいぜいふらっと立ち寄れる程度のところに双眼鏡を持って覗きに行く程度だ。大砲レンズを構えてシャッターチャンスを待つ趣味もない。あくまで散歩がメイン、鳥は散歩の口実くらいのもの。
 もちろん、珍しい鳥が見られたら嬉しいのだけれど、それよりもすぐに見られる身近な鳥を愛でることに興味があるし、特にそうした都市近郊、人の暮らしのそばにいる鳥たちと人間の関わり、文化的な位置づけなどに関心がある。
 そういう趣味の人間にとっては、この本はまたとない一冊だ。
 図鑑的にサラッと紹介するのでなく、それぞれの種についてかなり密着して深く掘り下げようとしているのも良いし、人との関わりの取り上げ方も面白い。鳩時計が元々は「カッコー・クロック」だったというのも初めて知った。そう言われてみれば、鳩時計の声はどう考えてもハトの鳴き声ではない。カッコー=閑古鳥というのが、日本語文脈でイメージが悪いので鳩時計になったらしい。
 しかも著者は世代的に近く、文体のノリとか突然援用されるサブカルっぽい文脈などもとても共感してしまう。いきなりマクロスやジャッキー・チェンの話が出てきた時は笑ってしまった。
 また、鳩が怒ってスズメを放り投げている貴重な写真も収録されている。鳩と言えば、鳩は「下を向いたまま水が飲める」珍しい鳥だというのも知らなかった。我が家の近所で、防火用か何かの水道が設置されている細い隙間のところに、鳩がギリギリ首をスポッとつっこんで水を飲んでいる風景をよく見るのだけれど、ああいう飲み方はどんな鳥でもできるというものではないらしい。そう言われてみれば、スズメや他の鳥がああいう風に水を飲んでいるところは見たことがない。こういう豆知識がとても楽しい。
 本書のほとんどはスズメ・ハト・カラスに割かれているのだけれど、「その他」として軽く取り上げられているのがツバメ、ハクセキレイ、コゲラというのも素晴らしい。どれも身近でかつスズメ・ハト・カラスの次に来る都市鳥として実にふさわしい。特に最近になって都市に住むようになったハクセキレイが登場しているのはぴったりだ。これに加えて、ヒヨドリ、ムクドリ、シジュウカラ、メジロあたりを少しだけ紹介してあっても良かったと思う。
 ちなみにコゲラは、わたしは野鳥に興味を持つキッカケになった鳥なので、特別思い入れがある。散歩をしていてふと木の上を見てみたら「キツツキ」がいたのだ。当時はコゲラすら知らなかったので、ちょっと郊外とはいえ人の住む街中に「キツツキ」がいることに驚き、鳥を観察してみよう、という気持ちになったのだ。

 これはリクエストなのだけれど、できれば三上修さんに、「身近な鳥」第二弾として水鳥の本を出してもらいたい。カモ類、バン、カイツブリ、サギの仲間などをテーマにした本だ。もちろん、都市周辺に来る身近でありふれた種に限定して取り上げてもらう。マガモやカルガモ、コサギ、アオサギなど、誰でも簡単に見られる水鳥だ。
 なぜ水鳥かと言うと、これらの鳥は少なくともハクセキレイやツバメと同レベル程度に身近なだけでなく、観察しやすいからだ。小鳥の仲間はなにせ身体のサイズが小さくすばしっこく、特に夏場は草が茂って初心者には結構見つけられない。その点、カモなら身体も大きく、見通しの良い池や川の上にのんびり浮かんでいるので、誰でも簡単に眺められる。
 どんな町でも小さな池や川はあるものだし、最低でもマガモ、カルガモ、コサギくらいはいるだろう。都内でも散歩のついでにすぐに見られる。冬になれば、オナガガモやキンクロハジロ、ホシハジロ、ハシビロガモなどもまったく労せずして親しむことができる。ことのぜひはともかく、不忍池などなら人からエサをもらってくるくらいにグダグダに身近だ。スズメ・ハト・カラスに準ずる親しみ深い野鳥として、水鳥はぴったりではないかと思う。
 また、マガモ・カルガモといえば両者が交配した「マルガモ」というテーマがある。これはかなり面白い話題なので、ぜひ取り上げてもらいたい。
 三上さんはスズメの研究などが専門で、カモやらサギやらは興味の中心ではないのかもしれないけれど、ぜひまたこの本のような調子で、生態から文化・歴史との関わり、サブカルとの関連など、横断的に取り上げる本を書いてもらいたい。